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のzの…いやあ、いよいよ末期だと思うわ。

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そもそも森友学園の問題ってのはさ、

愛国心を餌にした商売みたいなもんだろ?

結局あの籠池って人はさ、

商売人なんだろうよ。

保守とか右寄りの人たちって

純粋なところがあるからね。

結構騙されて良いように利用されたんでしょう。

右の教育させる学校作りますよ~

寄付してくださ~い

学校建てる土地用立ててくださ~い

いう感じでさ。

選挙餌にすれば政治家はすぐ乗ってくるしな。

学校単位で確実に票取れれば大きいだろうしな。

そしたら今回問題が明るみに出て

途端に尻尾切りにあったわけだろ?

あんなヤクザ紛いのヤツ知りません

会ったこともありません

教育者として相応しくないだのなんだので

そりゃあ籠池さんも怒るわな。

当たり前です。人間だもの。

安倍や稲田は

(籠池を)簡単に切って捨てられると

思ったんだろうな。

ところがどっこい

以外にしぶとかったと。

まあゴモラの尻尾みたいに

尻尾だけで暴れてるわけだ。

そういう経緯があるなら

応援しますよ。

籠池がんばれ~

籠池がんばれ~(このネタきっと日本全国でやってるだろうな)

のzのでした。

ではではまたまた。

のzの職場の話

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まあ…私の仕事は出会いと別れが付き物でして、

出ていく人、入ってくる人

いるわけです。

出ていく人の中にも

出て行って貰って助かる人もいれば

出て行って欲しくない方もいらっしゃる。

入ってくる人の中にも

歓迎すべき人と

歓迎すべきじゃない人がいらっしゃる。

来週1人

出ていく方がいらっしゃるわけで

まあその人は

だいぶ皆に嫌われてた。

私も正直苦手であった。

その人に対応するときは

かなりの緊張をしなければならず

自分の体の隅々まで気をみなぎらせなければならなかった。

それが良いことなのか

悪いことなのか

それはなんとも言えないのだけれど

体の隅々まで気をみなぎらせることは

悪いことではない。

というより

何かの達人というのは

体中に気をみなぎらせることを

無意識に出来るのではないだろうか?

私は意識してそれを行ったけれども

恐らく達人はそれが無意識に出来る。

そういう意味では

とても良い経験をさせてもらった。

今はそう考えている。

苦手な方だったけど

感謝している。

次の場所が

どうかその方にとって居心地のいい場所でありますように。

ではではまたまた

のzのでした。

のzの…男はやっぱ描きたくないね。

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じゃあなんで描くんだと問われれば

まあそこに白紙があるからとしか答えようがない。

ところで今日はまた音楽の話をしようと思います。

しかもまた80年代洋楽。

しょうがないんですよね。この時代が一番多感だったもんで。

ええ今回紹介したいのは

ニック・ヘイワード

のソロ・ファーストアルバムに当たる

「North Of A Miracle」

というアルバムです。

このアルバムはタイトルにも付いているけど奇跡でしょう。

曲も良いんだけど変化に富んだアレンジが素晴らしい。

1曲目の

When It Started To Begin

にガツーンとやられちゃってください。

この弾けた躍動感。若さ故です。

そしてこの声の透明感。若さ故です。

でも曲もアレンジもパーフェクト過ぎて

私にはもうドンピシャでしたね。

気分が最高に上がる1曲。

Blue Hat For A Blue Day

も出だしのポップさと曲中のしっとりした間奏が大好きです。

それから

On a Sunday

ポップなのにどこか切ない憂いの帯びたメロディーを聴く度に

私はあの時代にタイムスリップ出来る。

何にも出来ないくせに、何でも出来ると勘違いしてたあの時代に。

そして

Whistle Down The Wind

の美しさにどうか聞き惚れて欲しい。

この声には何か特別な魔法が掛かっているとしか思えない。

もちろん

Take That Situation

Atlantic Monday

カッコ良くて最高だ。

このアルバムを聴くと若くて何もかもが新鮮で

何もかもが輝いていた時を思い出して

ついつい聞き入ってしまう。

私にとっては珠玉の名盤です。

ではではまたまた

のzのでした。

のzの…3.11

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今日は3月11日。

私にとっては人生で経験した最大の災害であった東日本大震災

まあ関東住みの私なんか東北の人たちからみたらぬるま湯に浸かっているようなもんだとおもうでしょうけど、それでも自分がリアルタイムで経験した災害では最大だし、何より福島第一原発の事故が進行していくあの緊迫感と重苦しい恐怖は決して忘れない。

私が二十歳のときチェルノブイリ原発事故が起きた。

そのときの私は広瀬隆という作家の『危険な話』という本を買って読み、

原発事故の恐ろしさを知った。

そして日本でも確実に起こるであろうことも確信した。

しかし実際に原発の事故が起きてその事故に巻き込まれるとはどういうことかと。

そのリアリティーというか現実感は全然わからなかった。

チェルノブイリ事故で移住させられた人たちの気持ちや苦労など

わかりようがない。

でも今回事故がこの日本起きて

自分達が当事者になって

原発事故の本質が見えた気がした。

福島事故が起きる前の私は

とにかく放射能が怖かった。

放射能が体を蝕んでいく恐怖があった。

でも実際に起きてみて感じた恐怖はそうではなかった。

もちろん放射能は怖い。

でも長期間に渡って低線量を浴びたり

一度にたくさん浴びたりしなければ大丈夫だということも知った。

しかし同時に統計上ガンと白血病の増加は必ずある。

ただしリスクは高まるわけではあるが

放射線の感受性というのは個人差があって

誰にでも出るわけではない。

だけどもしかしたら自分がガンや白血病になるかもしれない。

それはわからない。

ただはっきりしていることは

福島周辺の人や関東などのその他汚染された地域の人たちは

その不安を抱えながら生きていかねばならないってこと。

これを単に風評被害だなどと言って否定することは簡単だ。

でもじゃあ

全く汚染されてないところと

汚染されているところ

どっちに住みますか?

と問われれば

誰だって汚染されてないところを選ぶわけだ。

例え危険は無いと言われたって

わざわざ汚染されたところを選ぶ人は稀有だ。

それを風評被害で片付けますか?ってのよ。

これは汚染されてないところを選ぶのはもうしょうがないよね。

「反原発の連中が大したことないのに騒ぐからだ!」

原発推進の人たちは言うけれど

違うと思うね。

これはもう日本人に刷り込まれた「穢れ」と同じで

放射能」には誰だって近づきたくはないのよ。

どんなに安全だといわれようが

それはもう無理なのよ。

それはもう風評被害ではなく

実害なのよ。

どんなに学者が安全ですと言ったって

豊洲ブランドの魚は

築地ブランドより圧倒的にイメージ悪いのよ。

それと同じでね。

最早無理。

これは実害なんだよ。放射能の。

実際に症状が出ていなくても

もうそういうイメージを払拭することは無理。

実害と一緒なの。

それが日本で原発事故が起きて

肌で感じてわかったことでした。

昔、福島事故前にチェルノブイリの様な事故が日本で起きたらと

頭の中でシュミレーションしていたこととは

まるっきり違っていました。

本当に事故が起きてしまって悲しい。

とても残念で悔しい。

自分は原発の怖さを福島事故前から知っていただけに

止められなくて本当に悔しい。

そんなことを今日一日だけじゃなく

あの事故の年からずっと考え続けています。

ではではまたまた

のzのでした。